次のお便りはアメリカのサンダースさんからです。これはすごい体験ですよ。 
 
 
「バッドフィンガー通信のみなさん、こんにちは」 
こんにちは 
 
「みなさんは覚えていますか? 1977年6月の自分のことを」 
年までなら覚えているけど、6月と言われてもわかりませんねぇ 
 
「1977年6月、私はスウォンジーに到着しました。バッドフィンガーの関係者に会える確証もなかったけど、とにかくスウォンジーへ行ってみたかったのです。まず安い宿を見つけることから始めました」 
スウォンジー旅行記ですね 
 
「その夜ホテルでやったのは、電話帳を借りてきて、ハムという名字の人に直接電話するという作戦です。その何軒目かの電話に出た女性がヒントをくれました。ジョン・ハム・ミュージックに電話してみたら? ピートのお兄さんですよ、と」 
早くも関係者発見ですか 
John Ham otayori
 
「翌朝、その番号に電話しジョンと話しました。彼はとてもフレンドリーで、楽器店に招待してくれました。それほど遠くなかったので店にはすぐに到着しました。店に入る瞬間、ピートはここに何度も何度も来ていたんだよなぁと思い、感動しました。待っていたジョンと暫く話していると、彼は言いました。ピートのギター、見ていきますか? と」 
John Ham otayori 2
 
「ジョンの後に続いて3階まで上がると、6つのギターケースが並んでいました。アコースティックとエレキが3つずつです。ジョンはケースを開け、ギブソンのSGを私に手渡してくれました。弦は湿った海の空気の影響か少し錆びており、ボディもほこりが少しついていましたが、きれいな状態でした。ビートルズはバッドフィンガーに何本もギターを譲っていたそうで、これもそのひとつとのことでした。2004年にこのギターがオークションで高額落札されたのをニュースで知り、驚きました」 
これですね 
 
「ジョンは他のギターも見せてくれ、6本全部を試し弾きさせてくれました。この素晴らしい体験の後、下の店に戻るとジョンがこう言いました。マイクは時々この店に来るけど会いたい? もちろん会いたいです と答えると、それじゃ私の友人のマーティン・エースの家に泊めてもらえるか尋ねてみるよ。彼はマンのベースでマイクともよく演奏している仲だよ と。私がお金に余裕がないことを察したジョンはその場で話をつけ、結局その日はエース家に宿泊することになりました」 
とんとん拍子で話が進んでいきますね 
 
「ジョンが書いてくれた住所のメモを持ち店を出、それほど時間もかからずエース家を見つけベルを鳴らすと、30歳くらいの細身の男性が出迎えてくれ、妻と4歳の娘を私に紹介してくれました。私はエース家の居間に数日間滞在しました。その間マーティンは彼が過ごしてきたバンド、マンの話やウェールズの音楽シーンのことを教えてくれました」 
この当時、エース夫妻のバンド Flying Aces のドラマーがマイク。夫婦は夏以降破局し、解散らしいですね 
 
「エース家最後の日、ピートが眠る墓地に花を捧げたく思い、その場所をマーティンに尋ね、教えられた火葬場の最寄りのバス停で降りました。大きな建物に入るとき、雨が降り始めました。廊下を歩いて行き、礼拝堂の前に立つ老人にピート・ハムのことを尋ねました」 
 
「老人は最初、70年代初めに亡くなっていた別の人物のことだと思ったらしく、話が噛み合わなかったので再度ピート・ハムだと伝えたところ、大きな本を開いて暫くページをくくっていました。 これかな? 指先のリストには ハム ピーター・ウィリアム の文字がありました。老人は墓地の方を指し、ピートの遺灰はそこにまかれたが、彼の墓石はない と説明しました。お礼をし外に出ると、雨の中に遠くまでたくさんの墓石が見えました」 
 
「その後最初のホテルに一泊し、翌朝ジョンに電話。ジョンはすでに話をつけてあるのでマイクに連絡しろ と電話番号を教えてくれました。マイクに電話すると自宅へ招待され、妻のゲイナーと息子のオーウェンを紹介してくれました。ふたりで音楽の話をしていると、マイクは側面にぶつけた跡があるマーチンのギターを持ち出し、スティービー・ワンダーのキー・オブ・ライフの曲を弾き始めました」
 

バッドフィンガーの雨の散歩道とミッドナイト・コーラー、スティービー・ワンダーのキー・オブ・ライフからの2曲を続けてどうぞ。 




 
CM 
 
「その後、このギターはジョージ・ハリスンがバッドフィンガーにくれたもののひとつで、これを使って何曲か作曲したと言って弾いてくれました。他にもルボックスのテープレコーダーに録音した昔のデモ録音曲も聴かせてくれました。マイクは活気があって陽気で、音楽だけではなく、さまざまなことを話してくれました。ピートの曲に漂うメランコリーな美しい雰囲気についてマイクに尋ねると、それはウェールズ語で言うところの"hiraeth"だと説明してくれました。楽しい時間を過ごし、別れの挨拶をする際、翌日もう一度パブで会う約束をして別れました」 
 
「翌日のパブでの会話は、周りの騒音とマイクのウェールズ訛の英語のせいで理解するのが難しかったのですが、ミッドナイト・コーラーについて尋ねると、ピートが歌っているのは年老いた元売春婦の暗い人生についてだ と説明してくれました。その後はビールを飲みすぎてしまい、ほとんど記憶にありません。一つだけ覚えているのは、どこか他の部屋へ何かの理由で誘われたことと、そこへは行かなかったこと。とにかく飲みすぎてしまい、それ以外のことは覚えていません」 
 
「次に会った時、マイクから素晴らしいプレゼントをもらいました。アンペックスのオープンリールのテープで、箱にはレコード・プラントと書かれていました。マイクによるとバッドフィンガーが最後に録音したヘッド・ファーストというアルバムの10曲だそうで、マイク直々に作者名を書いてくれました。更にウィッシュ・ユー・ワー・ヒアの録音終了時にAIRスタジオで撮影された5枚の写真のコンタクトシートと、それとは別の数枚の写真ももらったのです。私は何度も何度もマイクに感謝しました。素晴らしい瞬間でした」 
Badfinger Demo Reel to Reel Tape Head First
Badfinger Demo Reel to Reel Tape Head First t
 
ヘッド・ファーストからの4曲をどうぞ。 



 
CM 
 
「その後はロンドンに向かい、途中でマイクにメモしてもらったトムの家へ電話しました。しばらくトムと話し、その日会う約束を取り付けました。しかし電車の遅延のため約束の時間に間に合わなくなり、そのことを連絡するとトムもこの後は予定があるとのことで、残念ながら会えずじまいでした。帰国後もマイクとは数年間手紙の交換をしましたが、現在その手紙は行方不明です。しかし、ウェールズ訪問時に撮った写真はすべてあります。時差のことを考えずに電話してしまい、深夜のマイクを起こしてしまったこともありました。さようなら」 
 
 
ピートが亡くなって2年後のスウォンジーでの出来事でした。サンダースさんは現在も地元リッチモンドでバンド活動を続けており、2016年4月にはリッチモンド周辺のミュージシャンを集めてバッドフィンガーのトリビュート・コンサートの開催責任者を務めました。彼のバンドのニートルズも出演しています。
 
最後はこのコンサートの宣伝のためFMラジオに出演した際のニートルズのカバー曲を聞きながらお別れです。みなさんからのお便りをお待ちしています。さようなら 
 
ニートルズ 2016 
 
 
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