バッドフィンガー通信 Badfinger

2015年12月

 
昨日に引き続き、1960-70年代の音楽関係者の口寄せ専門だという潮来の指太郎さんにお願いして、バッドフィンガーのマイク・ギビンズさんにお越しいただいております。
 
前作に入っているレイアウェイはピートさんについての曲? 
「そうだよ。歌詞を聴けばピートのことが浮かんでくるだろ?」 
ピートさんは一般的には物静かでとてもいい人だと言われていますが、ライブ中に苛ついてピアノを蹴ったこともあったとか? 
「そりゃ、彼もアーティストだからね。そういうこともあるだろ。そういえば、ヘッド・ファーストをレコーディング中だったけど、ピートがチューニング中のギターをピアノに叩きつけたことがあったよ」 
ジョーイさんともステージで揉めたりしたと聞きましたけど、そういうことはよくあった? 
「あったね。ギターでいえば、ジョーイはグルーブを求め、ピートはメロディの男だった。でもピートはいつでもジョーイに合わせてギターを弾くことができたよ。もともとジャズみたいなものの素養があったからね。でも、よく衝突してた」 
それは音楽のことで? それともそれ以外の個人的なことで? 
「うん、どちらもあったね、両方とも」 
ピートさんが一時バンドを離れたのは、キャシーさんが主原因? 
「そうだね。そうだと思うよ。キャシーはバンドをマネージしようとしていたよ。みんなにアドバイスしたり、電話連絡したり。実際のところ、契約に関しても口を出してきたよ。まぁ、解散後のジョーイに対してやっていることと同じだね」 
 
バッドフィンガーの伝記本は読みました? 
「ちょっと読んだよ。で、興味がなくなって途中でやめた。結局は金儲けだね」 
どういうこと? 
「タイトルに The Tragic Story of ってついているから想像できないかもしれないけど、実際にそこで過ごしていた俺からすれば、大部分がいい思い出だったんだよ。争い事もなかったし、親友同士だった。だからこそ、あんなに素晴らしい音楽を残せたんだよ。それでなきゃ無理だよ。俺たちは新進気鋭の一つにまとまったバンドだった。ほとんどの期間、素晴らしかった。食い物にされたり自殺するなんて誰も予知できないよ。そんなこと考えもしてなかった。俺たちが主役だったし、ほとんどの記憶はいい思い出だよ。残された音楽がそれを語っているだろ」 
Without You book ad 1997
ジョーイさんとキャシーさん側で書いているという本に関しては? ちゃんと真実が書かれると思う? 
「どうなのかなぁ。完成するのか? わからないね。完成を願うよ。そしたら読む。たぶんこんな感じになるんじゃないかな」 
どんな感じに? 
「ジョーイ・モーランドはバッドフィンガーを結成しました。そしてすべてのヒット曲を書きました。世界的ヒット曲のウィズアウト・ユーはメンバーと共作しました。そしてすべては戯言です」 
マイクさん、2011年にもう出版されましたよ 
「えぇぇぇ~ 俺が死んでから出すなよぉ」 
Badfinger and Beyond
ヘッド・ファーストについてはどう? かなりいい出来だと思うんだけど 
「それはジョーイがいないからでしょ。彼が辞めた後の録音だから。ピート・ハムとの最後の仕事になってしまったね」 
ジョーイさんもリハーサルで参加した曲はないの? 
「ないよ。もういなくなった後だから」 
それじゃ、ヘッド・ファースト発売に関連してはジョーイさんには一銭も行かない? 
「それはない。全く無関係だから。でもバッドフィンガーの名前を使わせてくれないかもね。ジョーイのバンドのピートより長くいる人に訴えられちゃうよ(笑)」 
ヘッド・ファーストの発売計画(実際には2000年に発売)はマイクさんのアイディア? 
「ワーナーは録音後ずっと放置してきた。で、調べてみたら、彼らからは俺たちに何も支払われていないことがわかったんだ。それで発売もできそうだと感じた。ほとんどの曲のマスターテープのコピーも俺が持っていたしね。LAのレコード・プラントでのミックスはよくないけど、ロンドンでやったものは音もいいね」 
曲に関しては? 
「すごくいい曲もあるね。たとえば、レイ・ミー・ダウンは好きな曲だよ」 
 
ムーン・シャインは? 
「強制によるストレスのもとで書かれた曲だね。当時は給料も支払われておらず、当然蓄えも底をついている状態だった」 
当時、スタン・ポリーのくそったれがバッドフィンガーのお金を支配していることを知っていました? 
「当然知っていたよ。でも選択の余地はなかった。そうするしかなかったんだ」 
当時のボブ・ジャクソンさんについては? 
「マンと一緒にイングランドとウェールズをツアーしたんだけど、彼は全面的に参加したよ」 
バンドにはフィットしてた? 
「うん。違和感なかった。ボブは曲も書けるので、そのまま時が進んでいたら、第二・第三の中心メンバーになっていただろうね」 
Badfinger - Head First ad 2000
ポール・マッカートニーさんとはマジック・クリスチャン後も付き合いがあった? 
「いや、特別なことはなかった。ピートが亡くなった直後に、ロンドンのホテルで偶然ポールに会ったよ。リンダとウイングスのメンバーもいたね。ピートのことやその他いろいろ話したよ。ポールは一杯おごってくれて、背中に触れて言ったよ、What can I say? って。ポールにとってもピートのことはすごくショックみたいだった。それがポールに会った最後だよ」 
そんなこともあったんだ 
「ウイングスにドラマーの欠員があった時、申し込もうとしたけど、その時はデニー・レインの友人に決まってしまって間に合わなかったんだ」 
 
バッドフィンガー解散後の活動は? 
「ボニー・タイラーのシングル、イッツ・ア・ハートエイクに参加してるよ。それとアルバムにも。かなりヒットしたね。彼女のツアーでドイツにも行ったし」 
 
Mike Gibbins Bonnie Tyler  (Top of the Pops 1977-12-08)
それから、リグビー・リチャーズというオーストラリアのカントリー&ウエスタン・シンガーのアルバムにも。基本的にセッション・ワークだね。デビッド・ティプトンのアルバムもやったな。他にもやったけど、あまり覚えてない」 
Mike Gibbins 1978
ソロアルバムで気づいたんですけど、歌とドラムス以外に、ピアノやキーボードも演奏していますよね。それっていつものことなんですか? 
「うん、いつもそうだよ。曲を書くのはピアノの方が楽だからね」 
確かに、ドラムで作曲するよりはやさしいですよね。初めて演奏した楽器はドラム? ピアノ? 
「父がドラムキットを買ってくれたのが14歳の頃で、それが最初だね。それ以前はナイフとフォークでハードカバーの本を叩いてたんだよ。本の題名は忘れたけど」 
それで、お父さんに頼んだんですね 
「それがね、ある日学校から帰ってくると、俺の寝室にドラム一式がセッティングされてたんだ。ほのめかしてはいたんだけどね、ドラムセットが欲しいなぁ って。でも直接頼んではいなかったから、ほんとびっくりしたよ。バスドラに Gigster ってロゴが入っていたよ」 
Gigster ad
こんな感じ? 
「懐かしいな。こんな感じだったよ」 
ソロアルバムはほとんど自作曲ですが、バッドフィンガー時代はあまり書いてませんよね? それ以前の10代の頃はどうでした? 
「当時はみんな、女の子の気を引くためにバンドを始めたんだよ。ミュージシャンになるためじゃなかった。楽器を手に入れて、バンドに入る。それがその年代の楽しみなのさ」 
でもドラムを選んだってことは、何か音楽的にインスパイアされたことがあるんですか? 
「14歳の頃はビートルズの人気がすごくて、ローリング・ストーンズもそれに続こうとしていた時だね。女の子たちはみんな金切り声でビートルズを追いかけてた。 それを見てみんな、'俺もやりたい状態' 。それで同じ髪型にして同じような楽器編成にした。それが楽しい。ビジネスじゃないし。ただただ楽しかった」 
 
トッド・ラングレンさんについてはピートさんやジョーイさんとは違って好印象なんですね 
「一緒に仕事をしていて、彼は素晴らしかったよ。何をやるにも素早かった。もたもたしたところがなかったよ。彼とは馬が合った。あのアルバムの評価は、ジョージがみんな持って行っちゃったけど、実際はトッドのおかげだよ」 
トッドさんは、デイ・アフター・デイのプロデューサー名がジョージさんになっているのを知って、むかついた と言ってますね。それは偶発的? アップル内部による意向? 
「わからない。でも最近はトッドも怒ってるね。ジョージが自分だけで手柄を持って行った って」
ジェフ・エメリックさんがプロデュースした曲もジョージさんがプロデュースした曲も、全部同じようにトッドさんがやり直したのに、エメリックさんの名前は消されていて、ジョージさんはそのまま残ってるという点に意図的なものを感じる って 
「でも本当にそう思うよ。トッドが得た評価は、実際にやったことには遠く及ばない」 
Todd Rundgren
ジョージ版デイ・アフター・デイはどんな風だったの? 
「ジョージのはドラムの音なんて明らかによくなかったよ。それでトッドが録り直した。今聴くことができるデイ・アフター・デイはドラムの音がいいだろ? 最初はこんな音じゃなかったもん。ジョージのオリジナルはこれほどよくなかった。だからトッドはほとんどの部分を作り直したよ。グレートジョブだったね」 
トムさんのトッド評はどうなんだろう? 
「さぁ、どうだったかな。トミーからは聞いたことあるような、ないような。どうだったかなぁ。あ、そろそろ帰るわ」 
トムさんに会ったら聞いておいてくださいよ 
「いいよ。それじゃまたな」 
 
あ、直接トムさんを呼べばいいのかぁ 
 

 
1960-70年代の音楽関係者の口寄せ専門だという潮来の指太郎さんにお願いして、バッドフィンガーのマイク・ギビンズさんを呼びだしていただきました。 
 
マイクさん、お忙しいところわざわざ日本までお越しいただき、ありがとうございます。 
「いやいや、日本には来たかったんだよ。特に水郷の潮来とか恐山とか青木ヶ原とか。で、制作中の2枚目のソロ作のこと? 聞きたいの?」 
というと、1998年現在のマイクさんですか? 
「そうだよ。まだ生きてる時だよ」 
 
制作中の2枚目のソロ作(2000年に発売の More Annoying Songs)にはロン・グリフィスさんが参加とのことですが 
「彼はね、イギリスから来たんだよ。家に2週間泊まったんだ。それだけあればすることは明白だろ?」 
今録音中だけど、参加しない? って感じで? 
「そう。既に録音してあったボーカルを消して、そこに彼のボーカルを入れたんだ」 
Mike Gibbins - More Annoying Songs 2000
録音機材は何トラック? 
「8トラックのADTが1台。やってるのはロックンロールだぜ。8トラックあれば十分さ」 
これでしょ? 当時、日本でも発売されてましたよ。定価19万8000円だとか。 
Mackie CR1604
「これのような気もするけど、断言はしないでおこう」 
ロンさんの歌唱はどう? 
「最高だよ、と 断言しておこう」 
ベース演奏は? 
「衰えてないよ。ずっと弾いているからね。今回も1曲弾いてもらったよ」 
歌の参加は何曲? 
「2曲。あ、もう1曲、バックアップボーカルも (2000年の2ndに収録のオキシダイナモ)」 
 
タイトルは? 
「ちょっと待って。なんだっけ。思い出せない。ちょい待ち。え~とね、もう1週間もテープ聴いてないから。あ、サッド・ザ・クラウン(2002年の3rd Archeology に収録)だ。もう1曲はタイトル出てこないな(2000年の2ndに収録のタイム・ウィル・テル・アス)」 
ロンさんは歌や演奏の面で昔と変わってた? 
「同じだよ。全く同じ彼の音。彼は当時からシンガーとして優秀だったよ」 
曲作りにもロンさんは何か手伝ったりした? 
「歌詞が完成せずに苦労してた曲があったけど、彼がちょっと手を加えてくれたよ」 
ロンさんは今、つまり1998年ですが、今でも曲を書いたりしてる? 
「いや、してない。そんな必要ないじゃん。テレフォン・エンジニアとして働いていて、週末にパブバンドをやってるんだよ。だから曲は作ってない」 
ロンさんがそのまま残ってバッドフィンガーになっていても成功してたと思う? 
「カム・アンド・ゲット・イットにも参加してるしね。ロンはアイビーズでもあり、バッドフィンガーでもあったんだ。そのままのラインナップで行ったとしても、同等以上の結果を残せたと思うよ。でも、物事は希望通りには進まないものだしね」 
 
2枚目になる今作と前作(1997年に発売済の A Place in Time)との大きな違いは? 
「ファーストのようにダークではないよ。よりポジティブにして、ストリップダウンさせた。キーボードもノットソーマッチだよ」 
カタカナが多くてよくわからないですね 
「悪いな、日本語は苦手なんだよ」 
新アルバムにはバッドフィンガー時代の未発表曲など過去の曲も入っています? 
「ないよ。そういうのはないけど、もっと楽しいのが詰まってる」 
レコーディング・スタジオは? 
「世界でも一番だね、狭さにかけては」 
どれくらいの広さ? 
「8フィート四方。日本だと3~4畳かな? 畳のことはあんま詳しくないけど」 
Mike Gibbins - A Place In Time 1997
1997年の初のアルバム A Place in Time の1曲目、 Sue Me って、何のこと? 
「スー・ミー? あれはジョーイ・モーランドへの公開メッセージだよ。彼は誰かれ構わずに訴えてただろ。だからね」 
あ、聞いたことあります。何に対してだっけ? 
「あれだよ、録音テープを持ち去って作ったライブ・アルバム。ヘッド・ファーストの前の1974年に彼がバッドフィンガーを辞めた時、掠め取っていったんだ。バッドフィンガーが唯一持っていたライブ・テープなのにね」 
そんな大事なものを 
「そのテープを使って、彼自身が前面に立って1990年に発売の契約を結んで金稼ぎさ。しかも収支については誰にも明かさない。それで会計士を通して収支決算報告と分配金があれば残りのメンバーにも渡すように要請したのに、彼は俺たちを訴えてきた。ジョーイはまったく聞く耳を持たなかった。ほんと、きかん坊かよ。」 
俺たちって? 
「ピートやトムの相続人、俺自身、それにビル・コリンズを訴えたんだ。最近のジョーイは、俺にとっては悪いニュースしか運んで来ないね」 
もう結果は出たの? 
「いや、彼は引き延ばしてるから。既に裁判の経費が何千ドルもかかってる。結局のところ、勝ったところで赤字だよ。馬鹿げてる。それが彼のやり方さ」 
でも、実際には2000年に結果 (と、その直前の記事) が出てるんでしょ? 
「現実の今現在の時点ではね。でも、さっきまでいたところでは1998年でまだ出てないんだ、そこでは俺もまだ生きているから。ピートとトム以外は、キャシーもビル・コリンズもジョージもみんな生きてる時点の話だからね」 
その辺り、ちょっと複雑なんですね 
「うん。呼び出されても、もともとある資料に沿ってしか話せない決まりなんだよ。悪いな」 
 
いえいえ。それは潮来の指太郎の能力の問題でして。で、そのアルバム、デイ・アフター・デイ自体のクオリティについては? 
「ひでぇよ。あれのドラムの音聴いた?」 
はい 
「ジョーイはディスコ・ビートのドラムに変えてしまったろ。聴けばわかるだろ」 
少なくてもドラムの部分に関しては、手を加えるなら加えるで最初にマイクさんに相談するべきですよね 
「だよな。でもジョーイも自分ができるベストなことはわかってる。意味わかる?」 
CDの最初に自分の曲を全部並べるとか? 
Badfinger - Day After Day back
「彼のバッドフィンガーのベスト盤だよ。見てみろよ。'バッドフィンガー feat. ジョーイ・モーランド グレイテスト・ヒッツ' こっ恥ずかしい」 
何度も同じ内容でタイトルやジャケットを変えて再発されまくっていますね。オリジナル・メンバーの写真も使われてるし。 
「どう思う? 詐欺じゃないの?」 
そういう場合、俺の写真は使うな って言えないの? 
「もちろんできたよ。でもその度に訴訟になるんだぜ。何回やればいいんだよ。以前、バーで飲んでいたらファンからサインを頼まれたんだ。彼が持っていたCDは、そのジョーイのバッドフィンガーの再発盤で、俺の顔が載ってるやつだった。だからそのCDのドラムスも俺だと思ったんだね。あれは恥ずかしかったよ」 
その人にはなんて言った? 
「捨てちまえ!」 
Best Of Badfinger 1994 featuring Joey Molland 1996
「正確無比なバッドフィンガーの伝記本から引用するよ、そんなのないけどさ。いくよ」 
どうぞ 
「引用始め。 ’ジョーイ・モーランドはバッドフィンガーのおこぼれちょうだいで生活しています’ 引用終わり」 
! 
「結局バッドフィンガーではヒット曲は1曲も書かなかったし。そうだろ? ピート・ハムは才能があった。ジョーイは幸運にも後からそこに入ってきた。そしていまだにひとりでバッドフィンガーをやっている。何年やってるんだよ」 
ジョーイさんのバンドのメンバーの中には、ピートさんよりもバッドフィンガー歴が長い人がいる ってよく言いますね 
「ピートよりも長いの? って、俺よりも長そうだな。そりゃぁかっこいいな。無駄に頑張り過ぎだぜ」 
ジョーイさんがツアーでバッドフィンガーの名前を使うのはどう? 
「バッドフィンガーの名前を使ってツアーに出て、アルバムを出す。彼がやっていることは、バッドフィンガーの名前にダメージを与えることなんだよ。とはいえ、甘い汁を吸うことだけが彼ができることだしね。名声を主張するために使っているんだし。俺はそんなことに使わないよ。正しいとは思わないから」 
バーズのドラマーがバーズを名乗ってツアーしてたように? 
「そう。彼には似合ってるよ。俺はしないけど」 
倫理的に? 
「ジョーイには一切、倫理はないよ」 
伝記本を読んだりした印象だと、キャシーさんが来てからジョーイさんは変わってしまったみたいだけど、そう思う? 
「うん。彼女はアンチクライストだね」 
Joey and Kathie
ファンからすればどうして一つにまとまってバッドフィンガーしなかったの? って思うんですよ 
「そうだよな。トミーがいた頃、俺はトミーとツアーに出ていたんだけど、どこかでジョーイが見に来たことがあった。変な感じだったよ。彼らは一緒に演奏なんてしなくなってた。お互いに反目しあって、もうどうにもならなかった。残された3人一緒にひとつのバンドにまとまることだってできたのに、そうはならなかった。人は変化するからな。みんなリーダーになりたがったり、あれこれ言いたがったりね。バッドフィンガーはいいバンドだった。いい曲も演ってた。でも、もう終わってる。今あるバッドフィンガーは別物。俺はバッドフィンガーの名前は使わないよ。俺はマイク・ギビンズだからね。あ、でも次のアルバムには '元マイク・ギビンズことバッドフィンガー' っていうタイトルつけちゃおうか(笑)」 
 
part 2 に続く 
 
 
ここで使った資料の基になったインタビューの一部らしきものが YouTube に出てきた  

 
アップしたのは Ron Griffiths で、彼によると 
I have acquired the right to publish this whole interview with Mike in the future so keep an eye and ear open for the truth “ from the horses mouth " to coin a phrase. 
とのこと。 
 
 

 
1960-70年代の音楽関係者の口寄せ専門だという潮来の指太郎さんにお願いして、アイビーズのマネージャーだったビル・コリンズさんを呼びだしていただきました。 
 
コリンズさん、お忙しいところわざわざ日本までお越しいただき、ありがとうございます。 
「いやいや、日本には来たかったんじゃよ。特に潮来とか恐山とか青木ヶ原とか。で、アイビーズのこと? 聞きたいの?」 
ぜひお願いします。 
「うん。でももうだいぶ前のことだし、いろいろあったし、ワシも死んじゃったし、記憶も混乱したり忘れたりしたことがあると思うけど、なんでも聞いてよ」 
new_Bill Collins BBC
アイビーズのマネージャーになったのはどんなきっかけからですか? 
「は? マネージャー? ワシはマネージャーじゃないよ。ま、いうなれば坊主どもにとってワシは音楽の師じゃな。先生じゃよ」 
は? でもマネージャーだったんでしょ? 
「は? じゃないよ。違うの。坊主どもにはマネージャーはいなかったの。それでしかたなくワシがマネージャーの真似事はしたけど、実際は音楽を教えてたの」 
そういえば、ピアニストでしたよね? 
「うん。ピアノを弾いてた。サキソフォンも吹いてたし。まぁほとんどの楽器はできるよ。ギター以外なら」 
歌も? 
「もちろん。ワシらの時代はビング・クロスビーの時代じゃな」 
ポール・マッカートニーのお父さんとも親しかった? 
「ああ、ジムだね。彼はワシよりちょっと古いね。ジムは20年代の音楽、ワシは30年代の音楽じゃ」 
それがどうしてロックンロールの世界に? 
「息子のルー [ルイス・コリンズ のち俳優] がポール・マッカートニーの弟のマイクの親友でな。マイクはよくルーを連れてキャバーンに出かけていたんじゃよ。それでビートルズの話題が出て、ワシもどんなもんなのかとちょっと見に行ってみたんじゃ」 
どうでした? 
「本当にやばかった。それでキャバーン以外にも見に行ったよ。もう夢中になったね。周りはみんな10代の若者で、ワシは50過ぎのじいさんだったけど、ほんと楽しかったよ。おかげで心も身体もヤング!って感じじゃ。もう50年以上も前のことじゃけど、今でもよく思い出すよ」 
 
で、アイビーズとの出会いの件ですが 
「あ、あれはね、ルーがベースを弾いていたモージョスというバンドがサウスウェールズで演奏したんじゃよ。その時の前座がアイビーズじゃった。いいバンドだと思ったね、アイビーズは。それで坊主どもを楽屋に集めて言ったんじゃ」 
Bill Collins the Iveys 1966
「お前らはいいバンドじゃが、成功したいなら一つだけ道があるぞ って」 
どんな方法? 
「当時、1966年じゃな、当時は誰もそんなこと考えていなかったけど、ワシはその数年前から思っていたことを坊主どもに言ったんじゃ」 
なんて? 
「プロになりたいなら、自分たちで曲を作れるようになれ って」 
彼らの反応は? 
「ピートは、曲ならちょっと作ったことあるよ って言った。本当かどうかわからないけどな。それで坊主どもに言ったんじゃ。ここにいてもプロにはなれないぞ。お前らはレコードの作り方もわからないし、どうやって作曲するかも知らない。そういうことは全部ワシが教えてやる。一緒にロンドンへ来るか?」 
来たの? 
「いや、即決はしなかった。が、その後も連絡は取っていたよ。それで半年後にデビッド・ギャリックという若いののバックバンドにアイビーズを使ったんじゃ」 
 
デビッド・ギャリックという若いのもマネージメントしてた? 
「いやいや、キンクスのロード・マネージャーをほんの3週間ばかりしていた時にキンクスの事務所で会ったんじゃよ」 
あれ? マネージャーじゃないって最初に力説してたのに、その割にいろいろとマネージャーしてるんだ 
「バイトのようなもんじゃな。生活しなきゃならないし」 
それでアイビーズを呼んだ? 
「事務所でキンクスのマネージャーのロバート・ウェイスがギャリックのバックバンドを探してる っていうんじゃよ。ミック・ジャガーが書いたレディ・ジェーンのカバー・シングルがヒットしかかっていた頃じゃ」 
それでアイビーズを呼んだ! 
「ワシが それならぴったしのバンドを知ってるんじゃが、使ってみるかい? 奴らはスウォンジーでプロを目指しているバンドなんじゃ って紹介したら、早速オーディションをして、決定」 
Bill Collins Iveys Garrick Mojos
それでアイビーズを呼んだ?! 
「うん。アイビーズの演奏を見たウェイスたちは、バックバンドとしてだけでなく単独でもレコーディング契約できるんじゃないか って言ってたな。ワシは仕事が何も決まってない状態では坊主どもをロンドンに連れて来たくなかったんじゃ。だからそれを契機に上京させることにしたんじゃよ」 
その後、デビッド・ギャリックという若いののレコードにもアイビーズは参加した? 
「一緒にやったのは小さなツアーを5ヶ月間に6回だけじゃよ。合わせてもショーを20回ほどじゃ。レコーディングには参加してない」 
 
アイビーズとはロンドンで一緒に暮らした? 
「そうじゃよ。ゴルダーズ・グリーンの我が家でね。既に住んでいたモージョスの連中に加えてアイビーズの4人じゃから、もうキャンプ状態じゃったよ。それでしばらくしてモージョスには引き払ってもらって、アイビーズのために録音用の部屋を作ったんじゃ。ピアノやテープレコーダーやその他必要な物をそろえてなぁ」 
その時はもう自分たちで曲を作っていた? 
「いや、上京してから最初の曲を書かせるまでに半年はかかったな」 
最初に完成した曲は何? 
「わかんない」 
えぇぇぇぇ?! 
「だってなぁ、そこでは200曲から300曲は録音したからなぁ。もう50年近く前のことだし、いろいろあったし、ワシも死んじゃったし、記憶もこんがらがってるし」 
でも、最初の曲ぐらい覚えてない? 
「忘れた」 
えぇぇぇぇ!? 
「たしかな、ある夜、11時頃じゃったな、なんか適当な歌詞を思いついてなぁ。あの娘から手紙が来てどうのこうの って感じの歌詞を」 
思いついたのはコリンズさん? 
「うん。それで坊主どもにお手本を見せてやろうと、朝までかけてひとりで録音したんじゃ。ルボックスのテープレコーダーで。こんな感じのやつじゃったなぁ」 
Revox G36 reel-to-reel tape deck
「多重録音できるやつじゃ。録音したらそれをひとつのトラックにまとめてダビング。そして空いたトラックにまた録音ってやるんじゃ。それを朝まで続けた」 
みんなの感想は? 
「朝、坊主どもを集合させて、完成した曲を聴かせたんじゃ。というか、完成しなかったんじゃがな。初めてだから操作に慣れてないし、中途半端に終わって。で、一応できたところまで聴かせた」 
で、感想は? 
「みんな笑った。しばらく笑わせて、その後ワシはこう言った。坊主ども、口を閉じろ! お前たちがこれよりもまともな曲を作ったら、その時に好きなだけ笑わせてやる。作ろうともしないでヘラヘラするな」 
それで? 
「それ以後、坊主どもの様子が変わったんじゃ。一歩前進したんじゃな」 
ふ~ん 
「しばらくたった、ある朝の6時頃、ピートが部屋に来て言ったんじゃ。ビル、1曲できたよ って」 
やっぱり最初はピートだったんだ 
「おぉ、でかしたな坊主。それじゃ聴かせてくれよ ってことで、ワシはパジャマを着たまま録音ルームへ行ってピートが作った曲を聴いた」 
曲名は? 
「もう思い出せない。なんかよく子供が作るような変てこで、たわいない歌じゃったよ。で、ピートに言ってやったんだ。うん、いい曲だ。このままどんどん曲を作っていけばもっともっといい曲ができるぞ って」 
ほめて伸ばすんですね
「実際そこで、2年も経たないうちに200曲以上テープにデモ録音したんじゃよ。その第一歩じゃな」 
 
トムはどうやって見つけた? 
「リズムギターのデイブ・ジェンキンスが辞めたので、最初はスウォンジー近辺で代わりの者を探したんじゃ。でも見つからなかったので、ワシの地元のリバプールで探すことにした。それでキャバーンに行って誰かいないかと見ていたら、カルダーストーンズというバンドが出てきたんじゃ。真ん中の黒い髪の奴が心地良く歌って、楽しそうに笑ったり、見ている女の子たちに話しかけたりしてな。歌もうまかったし、リズムギターも弾いていた。それがトミーじゃった」 
 
マネージャーのことですけど、結局スタン・ポリーがビジネスマネージャーになりましたよね
「ワシはもともと音楽家だから、金儲けのことはあまり得意じゃないんじゃよ。しかたなくマネージャーみたいなことをやっていたけど、それも徐々に負担になってきたので、ビジネスマネージャーをつけることにしたんじゃ」 
それでポリーに? 
「いや、最初はギャリックの時にも話に出てきたキンクスのマネージャーのロバート・ウェイスがマネージしたいと申し出てきたんじゃ。彼はワシをパーソナルマネージャーにして、自分がビジネスマネージャーをやりたいと。取り分はふたりで10%ずつ。残り80%はバンドメンバー」 
それでよさそうだけど、なにか問題でも? 
「坊主どもに話したら、そんなのダメだ って。奴らはワシにマネージャーを続けてもらいたいんだと。そうは言ってもワシは音楽には詳しくても、契約関係には疎い。ビジネスマンじゃないしなぁ」 
 
お帰りの時間も迫ってまいりましたようなので 
「そうなの? それじゃ今回は終わりとしよう。次は樹海でどうかな?」 
次回は樹海で! 
「いいとも!」 
 
 
 
 [創作/潮来の指太郎] マイク・ギビンズ編 (1) (2) 

 

 
BS洋楽グラフィティー
   NHK-BSプレミアム で深夜に不定期に放送されている60分番組。
   70s のvol.1 に Badfinger の No Matter What が含まれている。
 
2012/08/22 02:00-03:00 (初回放送) [Badfinger の No Matter What は、番組開始後45分前後から]
   その後は不定期に再放送されている。
 
 
再放送 29回目 [2015年11月26日(木) 午前04:00-05:00] 
731 :衛星放送名無しさん:2015/11/26(木) 04:45:12.68 ID:Li+5epKM
ノマラワッチュウ(・∀・) 

734 :衛星放送名無しさん:2015/11/26(木) 04:45:25.04 ID:cnJxo4eI
名曲キタ――(゚∀゚)――!! 

735 :衛星放送名無しさん:2015/11/26(木) 04:45:36.84 ID:iJvBMLgi
アップル・レーベルの秘蔵っ子でやっぱり秘蔵っ子だったバッドフィンガーキタ-(゚v゚)-!!!! 

736 :衛星放送名無しさん:2015/11/26(木) 04:45:39.11 ID:/wKsazPP
悪い指キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! 

737 :衛星放送名無しさん:2015/11/26(木) 04:45:40.99 ID:YoTGGdwY
ゴダイゴ 

738 :衛星放送名無しさん:2015/11/26(木) 04:46:36.57 ID:rEuNlQ+m
やはり最初はバドカンさんと混同 

739 :衛星放送名無しさん:2015/11/26(木) 04:47:34.32 ID:Iz4MdXx6
何のつっこみ所もないPV 

740 :衛星放送名無しさん:2015/11/26(木) 04:47:36.06 ID:StTAWFwj
小柴大造とエレファントのテルミーに似てる 

741 :衛星放送名無しさん:2015/11/26(木) 04:47:57.31 ID:iJvBMLgi
SG多いな  
アマゾンのギターストラップのレビュー読んでたら 
SGはヘッド落ちするから本皮で裏面がザラザラしてる皮のストラップ必須って書いてた 
 

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